「王子…よくお似合いでございまする」 「…うむ、そうか」 毛人のすらりと伸びた指先が、厩戸の髪飾りをちょいちょいっと直す。 たったそれだけのことなのに…。 厩戸は心の内まで毛人に弄られるような、妙な感覚に囚われた。 自尊心の高い厩戸は、髪を触れられることに、嫌悪を感じていた。 しかし毛人が触れるとどうだろう。 まるで、澄み渡った空に心地よい風が吹き抜けるよう。 毛人に触れられると、(私がそれまでの私ではいられなくなってしまう…) 美辞麗句を並べた高くそびえる壁が崩れ落ち、たった一人では生きられないちっぽけな存在になってしまう。 (哀れな…) それでも厩戸は、自分に降り懸かる怠慢に流されて、自然と歩を進めるよう毛人に倒れかけた。 すると、毛人はあたかも当然のように厩戸を抱き抱えてくれる。 厩戸は毛人のそんな温かさに、そっと寄り添った。 「王子には、白が似合いまする」 毛人は厩戸の髪飾りを見、しみじみと言った。 「そうか?皆は茜など紺碧など口々にどぎつい色を指すぞ」 「いいえ、白でございます」 そう言いながら毛人の手は、もう一度厩戸の髪飾りに添えられる。 表面に出さずとも、厩戸はどきりとした。 「王子は誰よりも純粋で、無垢な御方…そうまるで、万物を照らす光のよう」 毛人は眩そうに目を細めてみせた。 その仕草が厩戸にはなかなか理解できない。 「光…私がか? 闇夜に潜む邪神の間違いではないのか?」 毛人はゆっくりと頭を横に振った。 「いいえ…、貴方様はいつも私を照らしてくださいます」 「何を戯けたことを…」 厩戸はきゅっと毛人の袖口を掴み、毛人の胸に顔を埋めた。 (違う…!いつも私を照らしてくれるのは…) 「お寒いのですか、王子…? お身体がこんなに震えて…」 厩戸の身体が小刻みに震える。 しかしそれは外気に触れたせいではない。 初めて得た人の温もりと、それを決して失いたくないと逸る感情が、押し寄せる波のように厩戸を震わせていた。 (恐ろしい…!私が私ではなくなってしまう…!) 毛人の温かな手が厩戸をぎゅっと抱き寄せた。 (しかしそれでも私は…逆らえないのだ) 厩戸は毛人の顔を見上げた。 「あ…すみませぬ!つ…つい王子がお寒いかと…!」 厩戸に触れていた手を毛人は、ぱっと放した。 厩戸の心がちくりと痛む。 (もう少し触れていてもよかったのに…) 毛人は一人、手足をばたつかせている。 「ははは…そなた一人で赤くなったり、青くなったり…わからぬ男だ」 「これは…お見苦しいところを」 厩戸に窘められて、毛人はいよいよ塞ぎ込んでしまった。 少し言い過ぎたか…。 厩戸は毛人の肩にそっと手を置いた。 『いつもこうだ。 王子の前だと、いつも私らしからぬ私になってしまう』 毛人に触れた指の先から、毛人の心が流れてくる。 結局は同じなのだ。 見目形、育った環境、紡ぐ言葉、そのどれもが違おうとも、人間が思うことはすべて…。 毛人の肩に置いた指でとんとんと毛人をつつくと、毛人がはっとして振り返る。 「よい、よいのだ、毛人 …お前はそれで」 厩戸は仏にも似た面持ちで、ゆっくりと微笑んだ。 文:アキヨシ 絵:凪 背景写真:境界線シンドローム --------------------------------------------------------- 絵になんか文章つけて!というぶしつけなお願いに、素敵なえみうまが出来上がりましたv ありがとう! で、ほんとうはこういうのも上の絵にくっついていたのですが、思った以上に話がシリアスに なったので、いらないんじゃないか、と(笑) 最初に私の載せようと思ってたセリフが 「王子、ちょっとじっとしててくださいね」 「ん」 「よし、これで…」 「毛人…」 「はい?」 「…ん、いや…」(お尻…触ってる…まぁ、よい…) というような、とっても ア レ な感じでした ! 20071110 |