■銀色■


 あいつの心が、残っている。

 人に触れ、慈しむということ。
 心を寄せては返すということ。
 妖狐の力がはばんだ人間としての生活。
 選んだ道が、体を二分した。

「足りないんだ。」
 あいつは言う。
 月を隠して光を覆う。
 舞い散る風の音を従え
 さらいに。

 ぬくもりに手を伸ばす。
 冷えた核に温度が伝わる。
 痛みが引いていく音が聞こえる。
 胸の中央の、空虚を。
 あいつの吐息が、揺れる瞳が。

 ―――埋め尽くす。

 苦しみをはき出す。
 吸い上げられる。

 それであいつの「不足」は補われると。
 荒く乱れた呼吸が静けさを取り戻した頃に言う。

「―――楽になった」
 もうしばらくは、またもちこたえることができると。

 生命の源がうまく二分されなかった。
 あいつは俺の妖気を求める。
 俺は。

 足りなくなるたびに与える。
 月を隠して、闇を引きつれ。

 触れると痛みがやわらぐ。
 やわらぐと楽になるから。
 だから迎えに風に乗る。
 俺もなにかを求めている。

 生きていくために必要なものが欠けているのだ、と知る。
 ヒトとして生きていた頃は、
 それを心と呼んでいたかもしれない。

 痛みを覚えるとやまない。
 月が満ちると“核”が痛む。
 治す術を他に持たない。
 月が欠けると満ちるように。
 満ちると再び欠けていくように。


 永遠に止むことはないのだろう。







絵 /東雲凪
小説/萩戸海鶴
   萩戸亭


presented by nagi*hagi.





おまけ