■銀色■
■東雲凪+萩戸海鶴■
■銀色■ |
足りなくなると、銀色の風がふく。 ------------------------------ 南野秀一は、元妖怪である。 妖狐蔵馬という、銀色の妖狐であった。 今は人の身に宿り。 人の心を。 二つの心を手にしてしまった。 その代償は大きかった。 妖狐蔵馬としての力を取り戻してゆくにつれ。 ヒトである秀一の生活とかけ離れてゆく。 最初はそれでよかった。 いい、と思っていた。 ―自分の体が老いないことに気づくまでは。 「そう都合よくはいかないものだな」 自嘲。 人としての自分が選んだのは、家族と生きる道。 妖狐としての力が与えたのは、妖怪としての寿命。 相反する、こころとからだ。 ―そうして、ひとりは再びふたりになった。 自分が奪い去った体を、返すときがきた、と思った。 分かたれた体は、求めあう。 心は、二つ。 体も、二つ。 それでも。 生きる糧が、分かちきれなかった。 妖狐に生命の源をほとんど奪い去られた秀一は。 およそ一人ではその体を維持できないという欠陥を抱えてしまうことになった。 何を食べても。 何を飲んでも。 「足りない」 そうして、妖狐のもとへ足を向ける。 ----------------------------------------------------- 月の綺麗な夜だった。 見上げると、眩暈。 ―まぶしい。 早く。 早く雲に隠れて。 涼しい風に後ろ髪がふわりと浮く。 寒い。 身震いした刹那。 ふいに訪れた暗闇に包まれ。 舞い降りた姿にすがりつく。 「また、来たか」 その銀色の狐の。 皮肉な笑みに攫われる。 風に舞う毛先が絡み合う。 しがみついた妖狐の体の温度に。 「足りないんだ」 肺の空気を全て吐き出すようなうめきを。 繰り返して。 「どうしても、足りない」 |
続 |
弐 |
まるで吸血鬼だ。 果てしなく繰り返される飢餓のように。 妖気を求める。 この体に。 妖気がないと、生きていけない。 全身で吸い上げて。 それでも、一生分には足りない。 この体では、妖気を生み出せない。 だから。 かつてひとつであった相手を求める。 ―もっと。 もっとひとつに。 魂さえも交じり合うほどに。 人として生きると決めた秀一の抱える矛盾は。 自らをさいなみ。 いっそ朽ちてしまえばよいと。 欠乏から、目を背けたこともある。 しかし。 病室の窓ガラスの割れ飛ぶ音と。 嵐のような銀色の出迎えに。 気がつくとむさぼるように求めていたのだった。 「だめなんだ。どうしても」 その狐の首筋に唇を這わせながら。 その温度に同化してゆく自分を感じながら。 繰り返される言葉。行為。 どうして分かれてしまったのだろう。 どうしてうまく分かれられなかったのだろう。 「足りないんだ」 そうして、暗闇に薄く光る銀色が。 風をはらんで迎えに来る。 いつも。 足りないときには飽きず与えて。 彼に触れて。 もう自力で妖気を生み出すことのできない片割れを慈しむ。 「オレは一人では生きていけない。だがお前は違うだろう」 どうして与え続けるのか。 問いかけてみたことがある。 返事はなかった。 ―もしかしたら。 銀色も何か足りないのかも知れない。 |
了 |
南野秀一/東雲凪
妖狐蔵馬/萩戸海鶴 萩戸亭
小説/萩戸海鶴
―足りないものは、きっと。
presented by nagi*hagi.