[優しい陥穽] 「…ぁあ」 「っぅ」 短く小さな幸村の叫びと、彼を後ろから貫いていた男の息詰める音で、同時に昇りつめた一つの交わりが終わりを告げた 甘い囁きを交わすでもなく、今まで抱いていた体温を確かめるでもなく、何事もなかったようにさっさと男は体を離し身支度を始める 幸村も仕事として男に最後まで尽くさねばならないと、軋む体を起こし男を振り返った 「…あぁいいですよ。そのままで」 「……」 男は既に着物を羽織ってしまっている 「狂が夢中になるのもよく分かりました。予想以上にいい味でしたよ」 男に情交の跡は全くない 「…ぁ」 「?」 「……あの、京四郎さん。…この事、狂さんには…」 「あぁ大丈夫ですよ、安心して下さい。約束は守りますから」 「…」 京四郎と呼ばれた男は、愛しい恋人に向けるような優しい微笑みで幸村に応えた 体とは逆に否がり続けた心が今にも崩れそうで、幸村は一刻も早く一人になりたかったが、狂と自分の関係を守るために最後まで京四郎を満足させなければならない ―――あと、あと少し 京四郎が出ていくまで、完璧にこなし隙を見せなければ全て終わるはず 「それじゃ、また来ますから」 「…ぇ」 教え込まれた挨拶も言えず、あっという間に部屋に一人にされる 「…また」 ―――こんなはずじゃない とんでもない底なし沼にはまった気がした 「…きょ、さん」 口にした大好きな言葉がいつもよりなんだか頼りない気がして、幸村は何も考えることができなかった |