屋上のドアが内側から開かれる。俺はそれを煙の向こう側に見た。そこから出てきた部外者は何食わぬ顔で隣に並び、 「一本ちょうだい」 と返事をする間も与えず、俺の手の箱から一本抜き取った。 「自分で買やいいだろ、学生にせびるな」 「一箱買っても帰るまでに消費しきれないからねー」 もったいないじゃん、とそいつは俺のポケットからライターを取り出して火を点ける。 「なんで帰るまでなんだよ」 何となく予想はついたが一応の抗議はしてみた。さっきまでは煙を吸い込むしか能の無かった俺の肺が、今は幸村と話すために働いている。 「家で吸うとサスケが煩いし、ポケットに入れとくと小助の視線が痛いんだよねー」 このヘビースモーカーが禁煙を家族に迫られているらしい。俺は目の前にいるやつと瓜二つの女の顔を思い浮かべる。自分と同じ顔で非難されるというのはどんな気分なんだろうか。 「じゃあ一箱買って、吸わなかった分は俺に寄越しゃいいんだよ」 「狂さんこわーい、恐喝してるみたいー」 「気色悪い声の出し方すんな」 ふう、と幸村が白い息を真っ直ぐ上に吐き出す。唇に触れるほどの位置で辛うじて白く見えるくらいで、あとは背景の空やビルと同化してしまう。四角形ばかりで構成された似たり寄ったりの建造物が遠くまで続いている。 そういえば昨日も一昨日もこれと同じ景色を見た気がする。違うのはその中に一人の男が居るということだ。 空か煙かを眺めていた幸村が、ふと思いついたように俺の傍に寄ってくる。こういう時は大概が迷惑な思いつきなので俺は何を言われるかと身構えたが無駄だった。 幸村が俺の胸に口付けるかのように近づき、真っ黒の学ランに思いっきり煙を吹きつけた。 「おい、幸村! 何すんだ、てめ」 「あはは、やっぱりこっちのがよく見えるなぁ」 「自分の服の袖でやってろ!」 「服に臭いが付いちゃうじゃない」 思いつきを実行して満足したらしく、元の位置に戻って煙草を吹かせている幸村に俺は忠告した。 「こんな近くで、てめえの服に付かねえとでも思ってんのかよ」 「いいんだよ、狂さんの煙草の臭いが移ったって言うから」 「なら最初っから自分の服に付けてもそう言やいいじゃねえか」 無駄に理不尽な仕打ちを受けたことを誰かに抗議したい。誰にだ。目の前のやつにぼやいても笑わせてやるだけだ。 「ホントのことが混じってるのと混じってないのじゃ嘘にしても色々違うんだよ」 「何が違うんだよ」 「……ツヤとかハリとか?」 嘘にツヤとかハリとか要るもんか。そんな生き生きした嘘なんざ御免だ。 「化粧品のCMみたいなことホザくな」 何が可笑しいのか幸村は腹を抱えて笑い転げている。全く面白くない俺は、いっそ授業に戻ろうかとも思ったがそれも子どもじみた行為に思えて踏みとどまる。 やっと笑いが治まった失礼な部外者が、指の間に俺の煙草を挟んで屋上の柵に凭れ掛かっている。その姿を見ていたが思い出したことがあった。 「おまえ、いつも吸ってた銘柄それだったか?」 「ん? 違うよ?」 それがどうかしたのかと不思議そうに見やる幸村に、俺は些細な意趣返しをしてみた。 「主義主張を曲げてまで家族におもねる必要があるとは御苦労なこったな」 「煙草一つにまで込めなきゃいけないほど御大層な主義主張があるわけでもないからねー。それに」 切られた会話の不自然さに俺が振り向くと同時に幸村は俺の口から煙草を抜き取り、代わりに唇を押し付けてきた。幸村の舌が俺のそれを舐めるとすぐに離される。 「やっぱり同じ味のが違和感ないしね」 「……」 何か言い返そうにも思い浮かばず、俺の仕返しは火が点いたばかりの煙草を幸村の唇から奪うことだけに留まった。 |